
耳鼻科医として33年、開業医として20年、
開業後、約数十万人以上の患者さんを診察してきた北西剛さんは、
原因不明の症状や、さまざまな治療方法を経ても改善しない方々が
最後に頼れる名医として知られています。
その北西さんが現代西洋医学的な検査、診断、治療を大切にしながらも、
臨床現場で活かしているのが、インドの伝統医学であるアーユルヴェーダです。
じつはアーユルヴェーダは、心身の健康はもちろん霊性を高める叡智の宝庫。
前編の本記事では、北西さんにアーユルヴェーダの基本的な概念と
アーユルヴェーダにおいて大切な一日の過ごし方について教えていただきました。
取材・文◎中村いづみ 編集◎アネモネ編集部
きたにし耳鼻咽喉科院長
北西 剛さん
Profile
きたにしつよし◎日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会専門医。医学博士。西洋医学では対応が難しいケースを数多く経験し、補完医療、伝統医学を併せた統合医療を実践。「健幸超寿」を実現すべく、個々にとって調和のとれた医療をめざす。「自身自医」「予防は治療にまさる 養生は予防にまさる」をモットーに、外来診療のほか、セミナーやメディアでの情報発信などにも尽力。企業コンサルティングや商品開発などにも参画。2018年より日本アーユルヴェーダ学会理事長(2026年取材時点)。
アーユルヴェーダは医学を超えた覚醒の哲学
アーユルヴェーダは古代インド・スリランカで5000年以上前から伝えられている叡智です。
サンスクリット語で「アーユス(Āyus)=生命・寿命・生きる力」と「ヴェーダ(Veda)=知識・科学」という意味を持ち、直訳すると「生命の科学」となります。
現在、アーユルヴェーダの市場規模は急拡大中。
ストレスの多い現代人にとって、アーユルヴェーダの「根本から調える」「予防医学」「個別ケア」「ホリスティックな医学」などの特徴にニーズが高まっているのです。
さらには、心身にアプローチするだけでなく、意識の覚醒へつながるケアとしても、アーユルヴェーダが注目されています。
北西さんは、「医学を越えて、いのち、生き方に通じる哲学でもある」とも指摘し、次のように説明します。
「現代西洋医学では、『病気を治さないと健康にはなれない』と考えます。
一方で、アーユルヴェーダでは、『健康に過ごすこと、健康に生きることで、結果として病気は癒えている』と考えます。
日本でも、平均寿命は延びていますが、健康寿命との差は10年くらいあるといわています。
単に生物としての寿命を延ばすことだけでなく、健康的な生き方をすることを、みなが求める時代になっていると思います。
じつは自分のことをいちばん知らないのが、自分自身です。
『自身自医』という言葉の通り、自らを知り、自らを調えるという生き方を提唱するアーユルヴェーダが、現代の人々にフィットしてきているのだと感じています」(北西さん)。
アーユルヴェーダは、自分を深く知り、目醒めて生きるための、実践の哲学でもあるんですね。
“未病”を見逃さないアーユルヴェーダの健康観
アーユルヴェーダの健康観では、以下の表1のように、健康な状態から病気(慢性化・合併症)に至るまでには「シャットクリヤカーラ」と呼ぶ6つもの段階があります。
段階と段階の間には、はっきりした境界はなく、グラデーションになっているととらえます。
西洋医学の健康観では、検査で異常がなくても突然病気が発症することがあり、「病気にならないように予防」しますが、病名が付く段階では、すでにシャットクリヤカーラではほぼ5段階くらいまで進んでいることになります。
北西先生は、「アーユルヴェーダでは、それだけ早い段階で、自分を知り、日常を調えることで、第6段階に至る前に、健康に戻ることができるという考えにつながります」と指摘します。
病気に至る「6つの段階」=シャットクリヤカーラ
| ① ドーシャ※の蓄積 | 自覚症状はほぼなし 病気の芽が静かに育つ |
| ② ドーシャの憎悪 | ドーシャが鎮静する機会を失い増え続ける。疾患になりやすい。身体構成要素(ダートゥ)に影響。 |
| ③ ドーシャの拡散 | ドーシャがあふれ出し周囲組織に広がる。 ドーシャの攻撃にもろいダートゥがやられて症状が顕在化。→ここまでが未病 |
| ④ ドーシャの局所・定着 | 流れ出したドーシャは弱い局所に定着。ここまでくると改善しにくくなる。 |
| ⑤ 発症・明白化 | ついに病名がつく段階 対処療法だけでは根治できない。 |
| ⑥ 慢性化・合併症・個々の区別 | 病気の慢性化。他の合併症にもつながる。ここまでに至る背景ごとに、同じ病名でも個々で異なる病態になる。 |
※ドーシャ: ここではその人の持つ「乱れやすい特性」。そのほかに「心や体の性質・体質・タイプ」「生命エネルギー」を表す言葉。次の項目を参照。■ 病気に至る「6つの段階」=シャットクリヤカーラ
五大元素とトリドーシャで知る万物の本質
心や体をケアする具体的な方法をご紹介する前に、アーユルヴェーダの基礎をお伝えします。
アーユルヴェーダの知識の土台を作っておくことで、ケアの効果も実感しやすく、その人本来の心地よさや調いにつながるからです。
アーユルヴェーダでは、宇宙は五大元素=「風火地空水※」からなり、それが人の体内を含めてあらゆる場所に存在し、時間や季節も支配しているととらえます。
また、五大元素の組み合わせによって、生命体や時間を3つ(サンスクリット語で「トリ」)の要素=トリドーシャに分類します。
五大元素
| 空(スペース・広がり) | 軽い・微細などの性質や特徴があり、人体の空間(口・腸・血管など)として存在する。 |
| 風 | 動き・変化・軽さ・冷たさ・乾燥・速さ・不安定さなどの性質や特徴があり、人体では神経や呼吸、運動の働きとして現れ、感覚器官では耳を支配する。 |
| 火 | 変換・熱・エネルギー・鋭さ・軽さ・明るさなどの性質や特徴があり、人体では消化・代謝・体温の機能として働き、感覚器官では皮膚を支配する。 |
| 水 | 結合・流動・潤い・冷たさ・重さ・滑らかさ・まとまりなどの性質や特徴があり、人体では血液・リンパ・体液として働き、感覚器官では目を支配する。 |
| 土 | 安定・構造・重さ・固さ・安定性・ゆっくりといった性質や性質があり、人体では骨・筋肉・組織として働き、感覚器官では鼻を支配する。 |
トリドーシャ(五大元素の組み合わせによる性質、生命エネルギー)
| ヴァータ | 生命であることの第一の要素は「動くこと」=宇宙の五大元素のうちの 「風」。さらに動くための空間としての「空」とセットで「ヴァータ」と呼ぶ。 |
| ピッタ | 生命の主要な第二の要素は「変化すること」=宇宙の五大元素のうちの 「火」。さらに反対の性質である「水」も併せ持ち、これを「ピッタ」と呼ぶ。 |
| カパ | ヴァータ・ピッタが本来の働きを発揮するためには「場」が必要=宇宙の五大元素のうちの「水」と「土」がこれを担う。これをカパと呼ぶ。(カパとは サンスクリット語で水、または結合する性質の意) |
人の個別性も、この3つの「ドーシャ」の支配の状況で決まります。
どの「ドーシャ」が支配的なのかは、問診や脈診によって判断もでき、「ドーシャ」の状況で、その人に合ったケアを選ぶことができます。
また、「ドーシャ」が調和(バランス)している状態だと健康が保たれ、「ドーシャ」が乱れる(アンバランス)と不調や病気を招きます。
それぞれの「ドーシャ」の性質に似たものを取り入れると、その「ドーシャ」を増やし、反対の性質のものを取り入れると、そのドーシャの性質を減らすことができます。
ドーシャを調えるには、この性質を応用して、増えすぎたドーシャには反対の性質のものを取り入れるなどの対策を行ないます。
季節のめぐりに合わせて自分も調える
各季節を支配するドーシャを知って、そのバランスを取る工夫します。
この季節の養生法を「リトゥチャリヤ」といいます。
たとえば、同じ「温める」でも、秋のヴァータと冬のヴァータ+カパでは、調え方が異なります。
| 季節 | ドーシャ | キーワード | 起こりやすい状態 | 調え方 | 重要ポイント |
| 春 | カパ | 重い・湿・停滞 | だるさ・眠気・花粉症・鼻水 | 軽い食事(野菜中心)・甘い物や脂質を控えめに・運動や発汗 | デトックス・動く |
| 夏 | ピッタ | 熱・炎症・強い消化 | イライラ・のぼせ・胃不調・肌トラブル | 冷やす食事(きゅうりや果物)・辛い物やアルコールを控えめに・休息 | 冷ます・クールダウン |
| 秋 | ヴァータ | 乾燥・冷・不安定 | 不安・便秘・乾燥・冷え | 温かい食事(スープや煮物)・規則正しい生活・オイルケア | 温める・潤す・調える |
| 冬 | ヴァータ+カパ | 冷・重・蓄積 | 冷え・乾燥(前期)/溜め込み(後期) | 温める(スパイス・入浴)・温かい食事と栄養補給・適度な運動 | 温めながら溜め過ぎない |
今日を軽やかに生きるアーユルヴェーダの知恵
アーユルヴェーダでは、理想的な1日の過ごし方を「ディナチャリア」と呼び、自然のリズムに合わせて暮らすことを大切にしています。
これは、太陽の動きと各時間を支配するドーシャに合わせ、朝は活動を高めていき、昼は消化力が最も高まるのでしっかり食べ、夜は早めに就寝し睡眠と休息を深めることで、体の修復機能を高めるというもの。
シンプルな養生法ですが、アーユルヴェーダの最重要古典のひとつ「アシュターンガ・フリダヤム」には、「1日の過ごし方を学ぶことは、すべての人にとって、患者の治療法を知るよりも有益かつ必要」とあるくらい、健幸に生きる秘訣なのです。
| 時間帯 | ドーシャ | 状態・特徴 | 過ごし方 |
| 2:00〜6:00 | ヴァータ | 目覚めやすい・軽い・直感的 | 日の出96分前の神聖な時間に起床 |
| 6:00〜10:00 | カパ | 重い・ゆっくり・眠気 | 活動を高めていく |
| 10:00〜14:00 | ピッタ | 消化力MAX・集中力が高い | 昼食はしっかり食べる |
| 14:00〜18:00 | ヴァータ | 活動的・思考が動く | 活動MAX → 徐々にゆるやかに |
| 18:00〜22:00 | カパ | リラックス・眠くなる | 休息と睡眠への準備 |
| 22:00〜2:00 | ピッタ | 体の修復・代謝・解毒 | 深い睡眠 |
感染ケアドリンクで休息タイムを!
前編の最後にご紹介するのは、新型コロナウイルス感染症が流行した際に、インドのAYUSH省※がセルフケアとして紹介していたゴールデンミルクです。
作り方も簡単なので、ぜひ試してみてくださいね。
ターメリックの黄色い色素は、抗炎症、抗酸化、免疫調整などの作用があります。
※AYUSH省:インド政府の「アーユルヴェーダ・ヨガ&自然療法・ユナニ医学・シッダ医学・ホメオパシー」などの伝統医療を統括する省
ゴールデンミルクの作り方

150cc のホットミルクに ティースプーン半分ほどのターメリック粉を加えて混ぜます。
きたにし耳鼻咽喉科院長
北西 剛さん
Profile
きたにしつよし◎日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会専門医。医学博士。西洋医学では対応が難しいケースを数多く経験し、補完医療、伝統医学を併せた統合医療を実践。「健幸超寿」を実現すべく、個々にとって調和のとれた医療をめざす。「自身自医」「予防は治療にまさる 養生は予防にまさる」をモットーに、外来診療のほか、セミナーやメディアでの情報発信などにも尽力。企業コンサルティングや商品開発などにも参画。2018年より日本アーユルヴェーダ学会理事長(2026年取材時点)。
https://kitanishi-ent.jp/













