
創造主世界から来た山窩の末裔が語る
「山窩の正体」前半では、あまり知られていない山窩の実態について、宗源さんが惜しみなく語ってくださいました。後半となる本記事では、“龍との修行”という一風変わった体験を通じて、宗源さん自身の数奇な運命と、壮絶な修行の果てに見えてきた“人類の本当のゴール”に迫ります。それは夢物語ではなく、私たちが近々そうなっていく、リアルなお話です。
また、天の岩戸で宗源さんが法螺貝を立てる様子を動画で公開中!ぜひご覧ください。
お話◎宗源さん 取材・編集構成◎編集部文◎高畑薫
山窩の末裔、神人合一の体現者
宗源さん
Sohgen
Profile
そうげん◎本名・野村毅。山窩一族の末裔であり修験者。27歳から中津市山国町蛇淵にて龍神と修行を重ね、6年間の修行の果てに33歳で神人合一の境地に至る。修験者として研鑽を積む中、富山県の尖山に住む霊能者との奇しき縁によって、日本神界と古代史の謎へと迫る。現在も天岩戸や人類発祥の聖地がある地元に拠点を置き、人々を「神人合一」の境地に導くための受け皿作りに尽力。その傍ら、キャンピングカーで全国を回りながら講演活動を行なっている。著書『山窩 直系子孫が明かす【超裏歴史】』(ヒカルランド)。
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この記事の目次
天皇家と同じ立場である山窩の親分であった曽祖父
私自身が山窩の末裔だと気づいたのは、龍と修行を始めてから、20年以上の年月が経ってからのことでした。龍の教えが修験道の経文に書かれた教えと同じだったこと、そして修験道の山伏(山野で修行をする者。修験者)が、もとは山窩だったことを知り、私が山窩だったからこそ、龍に呼ばれたのだと腑に落ちました。明治維新以降、山窩の存在は消されてしまったので、私の両親も自分たち一族が山窩であることを知りませんでした。ただ、母方の先祖が、かつて姫路城が売りに出た際、「その値段なら買おうか」と言ったほどの財閥で、戦争中に祖父や母たちが九州へ疎開した際も、所持していた財産は、金が列車7両半もあったという話を聞いていました。そのような大金持ちだった母方の祖父が「うちとは比べものにならない家系の人だから、この人と結婚しなさい」と母に勧めたのが、父だったそうです。
しかし、父は長崎の松浦の炭鉱長屋で生まれ、戦後は食べるのもやっとで、親戚の家にご飯をもらいに行くような生活をしていたそうです。それなのに、なぜ、母方の祖父が、父と結婚するように言ったのか、母も不思議に思っていました。あるとき、母が私に、「曽祖父から父の一族が「きじし」だと聞いたことがあると話してくれました。「木地師」とは、木を使って器を作ったり、組木細工をしたりする人たちのことで、彼らのルーツは天皇家だといわれています。木地師に指示を出すのは、天皇家と対等の立場の山窩であるということ。しかも、父の曽祖父の家は、山窩の大親分が住んでいたとされる丹波にあったそうです。修験道を行なう山伏は、もともと山窩です。そして、じつは、修験道自体が日本の「国体」としての宗教であり、天皇と山窩は建国以前より、深い関係にあったのです。両親の結婚にまつわるエピソードや、さまざまな証言、さらに私自身の霊視や霊能者からの霊視による助言などを総合しても、曽祖父は山窩の親分だったーーそうとしか思えないのです。
生まれる前、創造主世界で法力を身につけた
人間界に生まれる前、私は、神々の世界よりさらに上の次元で修行していました。その領域は、創造主が人間界や大宇宙、神界などのさまざまな計画をしている領域でした。いわゆるマスターのような存在がいましたが、実体はなく、ピンク色の波動のようなものでした。私はその存在とテレパシーで会話し、その教えと修行を全身で受け取って「法力を身につけていたのです。そのときに得た法力とは、「この力があれば人類を救える」と思うほどの強力なものでしたが、人間界に降りるときにその法力をマスターに捨てるように言われて手放したため、具体的な中身については、ほとんど覚えていません。
のちに人間界での修行が進んでから理解できたことですが、神であれ人間界では「人間として修行する」必要があります。なぜなら、人間界は「六道輪廻(り(ろ)くどうりんね)」の螺旋の中で修行しているのであり、神として生まれても何の意味もないからです。せっかく身につけた法力を捨て、また一からやり直させられた理由は、神ではなく人間として、再びその力を会得することにありました。さらに、龍との修行で、「地獄界や餓鬼界、畜生界での経験を経て、“龍の道”を通り、それから神の世界に行かなければならなかったことの意味は、「あとから龍の道を歩く人たちが、神の世界にたどり着くためには、私自身が人間としての道を歩かなければならないからだ」と教えられました。たしかに私には、人間に生まれる前に鹿や狼だった記憶が残っており、不思議に思っていました。お釈迦さまも三度、畜生に生まれ変わったという逸話が残っているので、どんな人でも畜生道を通っているのでしょう。
国体としての宗教「修験道」
山窩が皆、呪術を使えていたわけではなく、なかでも呪術を司る立場にあったのが「山伏」だそうで、修験道の教文には「龍の教え」が書かれていると、宗 源さんはおっしゃいます。そして、立山連邦を牛耳っていた山窩の末裔のおばあさん霊能者から直接聞いた証言として、「おばあさんの祖父(山窩の頭領)が、毎日天皇家と同じ神事を行ない、食事の作法も同じことをやっていた 」という、貴重な情報をお話しくださいました。竹内文書などの古史古伝には、神武天皇が日本を建国する前にウガヤフキアエズ王朝など、独自の文明があったと記されています。宗源さんいわく、豪族は山窩の頭であり、各地で天皇のような役割を担っていたのではないか、と。龍との合いの子だった神武天皇による全国統一の陰には、八咫烏に象徴される山窩の協力があったのです。だからこそ、龍の教え=修験道=国体宗教なのでしょう。
意識の中にあった「穴」10才で「無間地獄」を体験
それはさておき、私が創造主の世界で授かった能力や記憶は、そのほとんどが生まれた数日後までに消えてしまいましたが、その片鱗は残っていました。幼い頃から、自分自身が人類の集合意識体の一部であることを自覚していながらも、人類全体のカルマを解消するには、私一人の人生の時間軸だけでは到底足りないと悩んでいました。超能力的なことでいえば、寝ているときに布団ごと浮き上がったり、畳ごとひっくり返ったり、そんなことが小学校2年生くらいまでできていました。布団ごと宙に浮かんで天井近くにいたのを、兄に見られたときは、「夢だよ」とごまかしましたが(笑)。
そんな中、私の未来を決定づける霊的な出来事が起きます。10才のときのことでした。いつものように、自分自身の魂のカルマを根本から変え、人類の集合カルマを解消する方法を考え悩んでいると、急に「穴がある」との考えが湧き上がってきたのです。私は自分自身の意識の中で、その「穴」を探し始め、ついに見つけました。躊躇せず、そこに飛び込んでみると、そこにはおぞましい光景が果てしなく広がっていたのです。昔の本などには「無間地獄を覗いた」、「穴を覗いた」などと表現されていますが、まさにその通りで、その穴は「無間地獄」の入り口だったのです。
森羅万象が尽きることがないように、輪廻転生には終わりがなく、同様に人間のカルマも終わりがありませんでした。どれだけ自分を振り返っても、全人類のカルマは終わりがない--魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する阿鼻叫喚(あびきょうかん)の無間地獄の存在を知ってしまった私は、まだ子どもだというのに、深く絶望してしまいました。じつはこのときが、人間として神の次元に行くための、龍の悟りの道の修行の始まりだったのです。
中学で銀龍と初コンタクト 龍との修行が始まった
詳しくは言い難いのですが、山窩一族の業を受け、無間地獄から魔物の憑依などを受け、小学生の私は、何度も「死にたい」と思うほどの苦しみを味わうことになりました。これは、日本を守るため戦いの歴史の中で、人を殺さなければならなかった山窩のカルマの影響下にあったことと、人類全体のカルマからの脱却、いわゆる、輪廻転生からの解脱のために、ものすごく重いものが私にのしかかっていたからです。端的にいうならば、無間地獄とは人間界の一部なのです。そんな中、初めて龍を見たのは、中学生のときでした。人生がつらく、川のほとりで佇んでいたところ、突然、川が銀色に光り出したのです。それは、川幅いっぱいの大きな銀龍で、私をつつむように現れたため、その顔や鱗までもが、はっきりと見えました。その銀龍は私を慰めに来てくれたと感じましたが、いま振り返ると、いかなるときも私を見守ってくれていたのです。
それから大人になるまで、龍について意識することはありませんでしたが、27歳のとき、大分県中津市山国町の山の中の一軒家で犬と暮らし始めた夜のこと。家の中でお酒を飲んでいると、突然、何かに背中を揺さぶられたのです。振り返ると、なんと、とぐろを巻いた大きな龍がいて、私の背中を押していたのです。「もうそろそろ時間だよ」ということだったようで、そこから龍との修行が始まることになりました。龍に導かれてたどりついた修行場は、山奥の川沿いにある「蛇淵」という場所でした。案内板など何もありませんでしたが、昔から、「あそこは龍が住んでいるから滅多に近づいてはいけない」と、地元の人が言い伝えてきた土地だったのです。
人間界と龍神界の境目に「虚空」があった
龍神が修行するその場所は、「虚空(神を含めたすべての存在の根源)」と、「人間界」との次元の境界にあたるところでした。そこで、龍は私を彼らの修行の場である虚空の領域に引き込みました。「虚空」は、生死を超えた次元でした。ゆえに生身の私は、自分が生きているのか死んでいるのかさえわかりませんでした。善悪など二元性を超越した次元であるがゆえに、最初は、自分の頭がおかしくなってしまったのだと思いました。それに耐えるために、ただただ、般若心経を唱え、龍の声を聞いていました。 龍神が私に課したこの修行の意味は、人間界と龍神界を行き来できるようになるためでした。何度も何度も人間界と虚空を行き来することで、少しずつ虚空にいられる時間を伸ばし、私の意識を慣らしていく必要があったのです。 龍との修行は死の一線を越えるような、命を懸けたとても厳しいものでしたが、修行を終えようとしたとき、私の横で龍が虚空の中の虚空を見つめながら「お前は人間なのに、俺たち龍と一緒に修行できていいな」と言ったことが強く印象に残っています。
「悪人正機」に憤り修験の山々をさ迷う
龍神との修行が終わると、私は旅に出ました。それは、「善人も悪人も、皆往生する」という真理に、愕然としたからです。 人間界では善悪や上下関係を気にしますが、あの世に行けばみんな同じ。人間界でどれだけ努力しても、死んであの世に行けば、結局はみんな同じなのか、神も仏もいないのかと深い苦悩に陥ったのです。 修行を続けても意味がないのかと思い、車に最低限の荷物を積み込み、旅に出たのは、33才のとき。龍との修行を始めてから、6年が経っていました。しかし、あとになって気がついたのですが、私が陥った境地は、お釈迦さまや、親鸞聖人が通った、悟りに至るプロセスとまったく同じだったのです。 お釈迦さまも、一時は自殺を考えたといいますし、親鸞聖人も比叡山で修行した末に「何にもならない」と苦悩に陥り、山を降りて「悟りなどなかった」と言った、との逸話が伝わっています。私も彼らと同じ苦悶に落ちていたのでした。
「神人合一」を果たし、「無我の境地」に至る
苦悩の果てに、半ば自暴自棄になって出た旅でしたが、複数の霊能者との出会いや、神々からの不思議な導きが数多くありました。 この旅の途中で、私は山窩の末裔であることや今世の使命だけでなく、「人類としてのゴール」がどのようなものかを知ることになったのです。 その重大な出来事の発端は、20 08年1月2日、中津市山国町にある鷲岩という切り立った岩山に登ったとき。それは突如やってきました。岩山からは、かつて龍と修行した場所や住んでいた家が見渡せ、よく仙人が現れたことを思い出しました。
その岩山の奥には「天の岩戸」と呼ばれる場所があるのですが、そこが仙人の領土であると直感し、なぜかその頂上に行かねばならないと感じたのです。 そこで、山の地形を頭に入れてから下山し、翌日から1週間かけ、道なき道を進み、崖をよじ登り、ようやく頂上まで登りました。 頂上に着くと、やはり仙人が現れました。そして仙人は私に、「ここは、すべてのものが見渡せる神聖な場所なんだよ」と言い、創造主により計画された「人類発祥の目的と答え」「人類の歴史の終着点」、そして「大宇宙との統一体」を私に見せてくれたのです。 と同時に、そこには、人類発祥の鍵を握る天孫降臨であるニギハヤヒが封印されており、それは「天の岩戸」であるということもわかりました。 そして仙人は、「人類がこの終着点に至るよう、龍神との修行を成就させなさい。すべての道はここに通じている」と示されたのです。
そのとたん、すべての神々が私を取り囲み、私は肉体を持ったまま、いわゆる「神人合一の境地」に行ったのです。これが「人類のゴール」であり、言い換えれば「肉体をまとった神になること」だったのです。神秘体験はこれだけで終わりませんでした。次に、自分が星の運行や大宇宙と調和し、共鳴しているのを実感しました。龍どころか、菩薩や如来、さまざまな神々が自分の思い通りに動くのです。「虚空」の先にある次元を超えたその領域は、すべてと一体になる「無我の境地」でした。だからこそ、まるで自分が創造主になったかのように、自分の意図通りに神々が動き、すべてが順調に成就する。龍と修行したとはいえ、こんな体験をするとは、想像すらしたことがありませんでした。
「ニギハヤヒの封印は、新たな人類発祥と連動しているんで す 。なぜ 封 印されたかというと、国を建てれば 、やがて世が乱れるので、人類が淘汰される時代(末法の世)に巻き込まれないように、ということだったようです。だから、天孫降臨はニニギノミコトだけではなかったということなのです。」と宗源さん。そして、大ヒットしたアニメ映画『千と千尋の神隠し』は、ニギハヤヒの封印と「神人合一」を暗示していたのだそう。「セオリツヒメとともに、ニギハヤヒが出てきて、人は神と一体となって、大宇宙との統一体をこれから経験していくというのが、いまからの大きな創造主の流れです」。
天の岩戸で宗源さんが法螺貝を立てる様子
六道輪廻を経験して神になる「創造主の計画」
とはいえ、このときの「無我の境地」は、意識が覚醒しただけで、神人合一は果たしたものの、まだ完全体ではないと感じています。というのは、「天の岩戸」が開き、人類がその龍神の作った悟りの道を歩み始めて、初めて私の修行も成就するからです。神々の集合意識の世界も、人間の意識や肉体の世界も、両方とも創造主が創ったものであり、その融合が、真の「神人合一」です。創造主レベルのことが肉体を持ったまま、日常生活の中で起こらなければならないーーすなわち、神人合一が空想の世界ではなく、当たり前の現実になること。それが「天の岩戸開き」の本当の意味なのです。特別な誰かが一人、神になっても地球は変わりません。結論を言えば、認識しているかどうかにかかわらず、人間一人ひとりの意識の中に地獄も龍も神も宇宙も存在しているからです。人間が六道輪廻からの解脱を経験し、やがて神となるーーそれが人類発祥の目的であり、創造主の計画です。創造主は、人間をそのように創っているのです。
不老不死の妙薬は邪馬台国に封印されていた
往古より、老子や荘子、釈迦やキリスト、モーゼなどの聖賢たちが、世界中から日本をめざしてやってきたことは、古史古伝などの伝承に残っています。秦の始皇帝も不老不死の仙丹を求めて徐福を遣わしたと伝えられていますが、実際には「邪馬台国」を求めていたのかもしれません。そう考える理由は、仙人が語った「すべてのものが見渡せる神聖な場所」で、私自身が「無我の境地」に至った経験と深く関係しているからです。じつは、「邪馬台国」の“台”は、“高い土地”という意味だけではなく、「すべてが見渡せる、神事を行なう重要な場所」という意味です。もっと霊的にいうと、「すべてが霊視できる神聖な領域」という意味なのです。考えてみれば、呪術師で霊能者だった徐福が、肉体の不死などなく、人間は死ぬように創られていることを知らないわけがありません。では、不老不死の肉体などあり得ないことを知っていながら、何を探していたかというと、「不老不死の境地」を求めていたのです。
つまり、「無我の境地」のことです。徐福が始皇帝から命じられた「東方の海上にある三神山(蓬莱・方丈・瀛州)に住む仙人が持つ不老不死の霊薬(仙丹)を探しに行け」という物語の本当の意味は、仙人が守っている不老不死の境地が封印された場所(山)にたどり着き、私が経験したような境地を得ることだったのです。日本をめざしたすべての聖人賢者は、その境地が創造主レベルで封印されている場所が日本にあることを知っていたのでしょう。驚くべき符合ですが、仙人が守っていた山(中津川市山国町)は、「邪馬渓(やばけい)※」と呼ばれる渓谷とつながっています。つまり、私が龍と修行し、仙人に導かれて神人合一の境地を垣間見た山は、「邪馬(山)」にある「台」の「国」ーーつまり、創造主が人類を創造した目的、「無我という、不老不死の境地」を封印した「邪馬台国」だったのです。
岩戸が開き、新たな人類が発祥する
人間の意識が変わると、現実世界にも変化が現れますが、私が「無我の境地」に至ったあと、各地で天の岩戸が開くための準備が始まったようです。たとえば、『すずめの戸締まり』というアニメ映画は、まさにそうした神話的世界観が現実世界に重ねられた作品です。映画では「扉が開く」というメタファーを通じて、自然災害と異界の存在との関係性が描かれています。この映画のおかげで、龍の存在が一般的にも身近になりました。
実際、昨年の5月、修験の山として知られる求菩提山(くぼてさん)で過ごしていたときに、地震がありました。外に出ると、山にたくさんの龍が浮かんでいるのを見ました。日本の初代天皇・神武天皇が、龍と人間の間に生まれた存在だったように、かつて龍は、人間にとってもっと身近で親しいものでした。再び、龍たちが戻ってくる時期がやってこようとしています。なぜなら、天の岩戸開きと龍は、切っても切り離せない関係にあるからです。そして、その時期は間近に迫っていると感じます。
とはいえ、人間界にはさまざまな喜びがあり、その裏には地獄のような苦しみが必ず存在します。人間界が二元の世界から完全に脱出できるのは、天の岩戸が開いてからです。また、創造主や神の側からの融合も始まっています。昨年11月末、龍の上に白衣観音さまが乗った、いわゆる「騎龍観音」を霊視し、白衣観音による救いが始まっているのを、確認しました。その救いが本格的になるのが2025年から2026年。六道輪廻の出口にある、天の岩戸に向かって、人類は歩んでいる真っ最中です。私が龍と修行していたときは、天の岩戸の意味もわからず、修行のゴールも見えていませんでしたが、いまはさまざまな体験を通じて理解できるようになりました。ゴールが見えれば進みも早いものです。人間がカルマを解消するだけ、魂が進化していくことを実感できる、神仏との融合が始まる時代が来るのです。「神人合一」という異次元との融合、かつ宇宙規模の出来事が起こり、大宇宙の統一体を経験することが、創造主の計画なので、大きな視点で見れば、すべては予定通りに進んでいます。
まもなく、人類はその歴史の終着点を迎えることになるでしょう。山窩は、龍神との修行により、日本が世界の魁さきがけであり、日本が覚醒すれば世界も覚醒する、ということを知っていたのだと思います。だからこそ、修験道の経文や般若心経の中にそれを書き残したのではないでしょうか。往古に大陸などから聖人賢者がやって来たのと同じように、これから再び、海外から人々が日本にやって来るようになるでしょう。日本が注目されるのは、人々の魂の中に、創造主が計画した人類発祥の目的が存在しているからです。「人類発祥の目的ーーつまり、「天岩戸開きが始まる」と、潜在意識の中でわかっているのです。
耶馬渓:大分県中津市にある渓谷。火山活動による凝灰岩が侵食されてできた奇岩群が特徴。日本三大奇勝や日本新三景にも選ばれている。
龍の上に乗る白衣観音〜救いの時代が始まった〜
国指定重要文化財「騎龍観音」原田直次郎 筆/1 8 9 0年
昨年2024年11月18日、秋田県での講演会に招かれた私は、田沢湖のお祭りへの参加を約束しました。田沢湖は、古くから辰子姫伝説や八郎太郎伝説など、数多くの龍神伝承が息づく場所。毎年開催される「たざわ湖・龍神まつり」では、日本最大級の龍体が登場し、湖畔には龍神を祀る神社も点在しています。まさに、龍神たちが集う聖地なのです。 秋田の講演会からわずか2日後、茨城県での講演会に訪れた女性が「見てもらいたいものがある」と差し出したのは、知人が飛行機から撮影した田沢湖の写真でした。なんと、その写真には、龍神の背に乗る白衣観音の姿がはっきりと写っていたのです。
そして驚いたことにその写真は、江戸時代の画家・原田直次郎氏が描いた「騎龍観音」の絵と瓜二つでした。その写真からは、ただならぬ波動が放たれており、私たちはその場で強烈なエネルギーを感じました。写真を持参した女性も「こんな波動は初めて」と驚きを隠せませんでした。 私は写真を霊視し、「この観音様は、岩戸開きまでの準備期間に、多くの人を救うために現れた存在。その時が来るまでは、この写真を封印してください」と伝えました。すると、波動は静かに写真の中へと戻っていったのです。2025年から2026年——龍神と観音の救いが本格的に始まる時代が、いよいよ幕を開けようとしています。(宗源さん)
山窩の末裔、神人合一の体現者
宗源さん
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そうげん◎本名・野村毅。山窩一族の末裔であり修験者。27歳から中津市山国町蛇淵にて龍神と修行を重ね、6年間の修行の果てに33歳で神人合一の境地に至る。修験者として研鑽を積む中、富山県の尖山に住む霊能者との奇しき縁によって、日本神界と古代史の謎へと迫る。現在も天岩戸や人類発祥の聖地がある地元に拠点を置き、人々を「神人合一」の境地に導くための受け皿作りに尽力。その傍ら、キャンピングカーで全国を回りながら講演活動を行なっている。著書『山窩 直系子孫が明かす【超裏歴史】』(ヒカルランド)。
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