
秘匿されてきた驚愕の歴史が明かされ、縄文魂が覚醒する!
「明治天皇すり替え事件」
「イエス・キリストの墓は日本にあった」 — —
そんなフレーズを目や耳にしたことのある読者も多いのではないでしょうか。正史とは認められていない古史古伝や、陰謀論と揶揄される説の中には、意図的に隠蔽されてきた真実が隠されていることがあります。
令和になり、秘されたものが表に現れる水瓶座の時代が本格化したいま、古史古伝や陰謀論さえも塗り替える「神実」が、いま解き明かされました。封印解除と魂覚醒の先鋒として宇宙からお役目を授かり、次元を超えた前人未到の領域に果敢に挑まれているのが、理論物理学の権威にして陰陽師の末裔、そして、伯家神道の秘儀「祝之神事(はふりのしんじ)」継承者でもある保江邦夫さんです。神実を知ることで、私たちの魂を覆っていた幕は取り払われ、真の日本人 — —縄文人として覚醒することでしょう。
第一話は、イエス・キリストと縄文、そして天皇家との関係について、保江さんにお話しいただきました。
お話◎保江邦夫さん 取材・文◎町田光 編集・構成◎編集部
理学博士、
ノートルダム清心女子大学名誉教授
保江邦夫さん
Kunio Yasue
Profile
やすえくにお◎理論物理学者。ジュネーブ大学理論物理学科講師の後、ノートルダム清心女子大学教授職に就き、現在は名誉教授。最新の素領域理論を研究する世界的な第一人者でありながら、大東流合気柔術を経て、キリスト伝来の活人術「冠光寺眞法」を継承。陰陽師の家系で、伯家神道「祝之神事」の継承者でもある。映像記憶という特殊な能力の持ち主で、宇宙やスピリチュアルの造詣も深い。近著は、矢作直樹さん、迫恭一郎さんとの共著『からだという神様』(ビオ・マガジン)ほか多数。
https://yasuekunio.com
この記事の目次
第一話四国剣山で没したイエスの足跡
イエス・キリストの生涯をめぐる3つの大きな謎
物理学を通して宇宙の真理・真実を探求していた僕は、いつのまにか、さまざまな縁に導かれて、見えない世界や、これまで封印されてきた、世界と日本の歴史の真実までも知らされることになります。
イエス・キリストの知られざる生涯、そして四国の剣山と天皇家とのつながりもそのひとつです。 青森県戸来村(へらいむら)
(現在は三戸郡新郷村)にある「イエスの墓」を、皆さんもご存じでしょう。かつてイエスがこの地を訪れ、ここでその生涯をまっとうしたと伝えたのは「竹内文書」です。
それが真実なのかどうか、その答えはのちのち明かしましょう。イエスの生涯をめぐる謎は大きく3つあります。ひとつめは、布教活動を始める30歳までの間、いったいどこで何をしていたのか。2つめは、奇跡の力はどのようにして授かったのか。3つめが、磔刑(たっけい)とその後のゆくえです。
聖書もバチカンも教えてはくれない、これらの謎の先には、日本の歴史との深いつながりがあります。今回は、その3つの謎を解き明かしていきましょう。
原キリスト教とはいわば、“縄文教”でもあった
まず、ひとつめの謎。
30歳までのイエスは、世界でいろいろな教えを吸収し、日本にも訪れました。古代ユダヤ人にとって、「理想の地、カナン」は日本だったからです。
20歳前後で日本に上陸したイエスは、青森、秋田周辺を訪れます。そして、当時の縄文人たちから、平和思想を学ぶのです。「汝の隣人、敵を愛せよ」といった、キリスト教の根幹をなす平和思想は、その代表的なもの。イエスの教えがユダヤ教と一線を画すのは、縄文思想の影響です。ですから、原キリスト教とはいわば、縄文教でもあるのです。
2つめの謎、奇跡を顕現させる霊力については、『マグダラのマリアによる福音書』(河出書房新社)にも書かれているように、エジプト、ギザの大ピラミッドの王の間やスフィンクスの前で執り行われていた「ハトホルの秘儀」が重要な役割を果たします。
世界で修験の旅をしたイエスは、この秘儀を、巫女のマグダラのマリアとともにエジプトで授かります。それによってイエスは覚醒し、救世主たる能力を開花させたんですね。
イエスに霊力を与えたのは「祝之神事」だった
この「ハトホルの秘儀」ですが、じつはそのルーツは、僕が継承した伯家神道の「祝之神事(はふりのしんじ)」にあるのです。祝之神事とは、人間をして“ 現人神”あらひとがみになさしめる秘儀中の秘儀。その秘儀をもってすれば、さまざまな霊力を顕現できるようになります。
こうした日本由来の秘儀の力を借りたことで、イエスは、水をワインに変えたり、水上を歩いたり、パン5個と魚2匹で5千人の飢えを満たしたり、病気を癒したりといった数々の奇跡を可能にし、その結果、多くの人々に平和思想であるキリスト教を布教することができたのです。
では3つめの謎、磔刑とイエスのその後に関する真実はどうか。 イエスが磔刑に処せられたのは、使徒のひとりだったユダが裏切ったからとされていますが、事実はそうではありません。
イエスを捕えに来たローマの司政官は、イエスの顔を知りませんでした。そこでユダは、口づけをすることで司政官に誰がイエスかを知らせることになっていたのですが、ユダが口づけをしたのは、イエスの弟であるイスキリだったのです。
つまり、ユダは裏切り者どころか、悪者役になって大芝居を打つことで、イエスの命を助けたというのが真実だったわけです。
青森県新郷村( 旧:戸来村)にあるイエス・キリストの墓。
1964年からは毎年初夏に「キリスト祭」が開催されている。
磔刑を逃れたイエスがやって来た長崎県諌早湾
こうしてイエス自身は磔刑を免れ、パレスチナを後にして、再び約束の地カナン、すなわち日本を最終地とする東方への旅に出ます。
その途上、インドからヒマラヤへと移動し、教えを説いて回りますが、キリストの顔が描かれているような寺院もあるくらいだから、かなり影響力があったはずです。
しかも、岩に刻まれたキリストの顔は、大多数の人がイメージする、端正な顔立ちの金髪碧眼の白人のそれではありません。古代ユダヤ人は中東系アジア人ですから、古代日本人とも近しい顔つきだったのです。
こうしたイエスの旅は、インドのマドラス大学の調査によって、イエスがインドからネパール、ヒマラヤを経由して中国、朝鮮半島まで来ていたことは学術的な証拠が出ているのですが、最終的にたどり着いたのは、長崎県の諫早いさはや湾です。
これまでイエスと記してきましたが、正しくはイサヤです。諌早という地名にも、イサヤの痕跡が残っています。
岡山県でイエスと合流し、息絶えた聖母マリア
日本に上陸したイサヤが最初にめざしたのは、ユダヤの同胞である失われた10氏族がすでにコミュニティを形成していた、徳島県の剣山(つるぎさん)です。その前に、本州の岡山県あたりで、イサヤの後を追ってきたマグダラのマリアや母のマリアたちと合流したようです。
岡山県内には、聖母マリアの墓があることから、母マリアは、ここで息絶えたのかもしれません。一方で、髪を短く切り男性を装ってやってきたマグダラのマリアには、重要な使命がありました。それは、イサヤから託された聖杯と巻物を日本に持ってくること。マグダラのマリアはその役目を果たし、イサヤとマリアは、聖なる神器を携えて、剣山でユダヤの同胞たちと合流するのです。
徳島県を代表する名峰である剣山。最晩年のイエス・キリストは、
この山の周辺で余生を過ごしたという。
剣山の麓にある謎の地名、「コリトリ」の本当の意味
僕は数年前、娘家族と一緒に剣山を訪れました。剣山の麓に向かう国道438号線を走っていると、「コリトリまで〇km」という標識がたびたび出てきます。小さな公衆トイレくらいしかない謎の場所です。
地元の言い伝えでは、剣山信仰が全盛期の頃、行場に入る前に垢を落とす水場だったことから、「垢離取」と書いてコリトリと読むようになったとしています。
しかし実際には、コリトリとはヘブライ語であり、「故郷への入口」という意味です。太古の昔、イスラエル氏族が吉野川から剣山へとアーク(聖櫃)を中心とする御神宝を担ぎ上げた、その道筋の出発点なのです。
現在も行われている、劔山本宮劔神社(つるぎさんもとみやつるぎじんじゃ)の神事で、神輿を山頂付近まで担いで豊作を祈る「神輿渡御みこしとぎょ祭」は、まさにその名残りです。
実際、剣山周辺には、いまは失われてしまった古式ゆかしい神道の作法が残っています。また、ハトホルの儀で覚醒したイサヤの遺した霊力を伝承した行者さんたちも、かつては生きていらっしゃいました。
たとえば、四国に鉄道を走らせる際、巨大な岩が邪魔してトンネルが掘れないことがあったそうです。そんなときには、イサヤの霊力を継承する行者さんたちが呼ばれ、霊術で岩を粉砕させたといったことも実際にあったようです。このように多大な影響を後世まで与えたイサヤは、剣山でその生涯を閉じたのです。
戸来村の「イエスの墓」とテンプル騎士団の関係
では、冒頭にあげた青森にある「イエスの墓」は誰のものか。その答えの鍵を握るのが「テンプル騎士団」です。
1119年、修道士たちが集結したテンプル騎士団は、ヨーロッパからエルサレムへ巡礼に向かうキリスト教徒を守る自警組織ですが、ローマ教皇会の命を受けて動く優秀なスパイ組織でもありました。
そのテンプル騎士団が日本に送りこまれるのですが、その目的は、イサヤが日本に残した痕跡の調査と、御神宝などの奪還でした。
日本に来たテンプル騎士団は、伝承を頼りに、イサヤが20歳の頃に滞在した東北地方に向かいます。そして、調査や布教活動を行い、子孫なども残しますが、使命だけは果たせぬままに没します。
つまり、戸来村のイエスの墓とは、テンプル騎士団がイサヤをしのんでつくったモニュメントだったか、もしくは彼ら自身の墓だったのでしょう。
高野山開山も八十八ヶ所も剣山を隠すためのものだった
日本におけるイサヤやユダヤ人の痕跡を調査しにきたのは、テンプル騎士団だけではありません。平安時代には、唐からも調査団がやって来ます。こうした事態に対応したのが、朝廷です。
イサヤには天皇家、朝廷とのつながりが当然のごとくありました。そのため、イサヤ亡き後も、剣山を聖域として守るための仕掛けづくりが、朝廷によって行われていたわけです。
朝廷が、唐からの調査団対策として白羽の矢が立ったのが、空海です。空海は、高野山、そして、四国八十八ヶ所霊場を開いた人物ですが、じつはそのどちらもが、もともとは剣山の存在を隠すための方策だったのです。
剣山をカモフラージュする場所として高野山を開き、唐からの調査団を和歌山のほうに誘導することで、剣山を秘匿したわけです。また、八十八ヶ所の霊場も、剣山が見えないように、まるで聖域を守護する結界かのように配置されています。
さらに、朝廷と剣山のつながりを如実に物語るエピソードがあります。剣山散策に向かう途中で立ち寄った、観光船のガイドさんが語ってくれた話で、衝撃の内容でした。
平安時代末期、1185年4月25日に起った壇ノ浦の戦いでは、敗れた平家の武将、そして当時6歳ほどだった安徳天皇までが、次々に入水自殺したことになっています。
しかしガイドさんは「安徳天皇の崩御は事実ではなく、実際には、四国へ逃げ延びたのです」と言います。
その後、『秦氏の謎とユダヤ人渡来伝説 』(PHP文庫)を読み、さらに驚きました。この本によれば、安徳天皇は剣山系の山村、東祖谷村にある神社に身を隠し、1186年にその神社で崩御されたそうです。
その神社の名前がなんと、「栗須戸(クリスト)八幡宮」なのです。イサヤも天皇も、その霊力の源泉は「祝之神事(=ハトホルの秘儀)」にあります。
詳細は次回にお伝えしますが、僕は縁あって昨年の11月、長く途絶えていた「祝之神事」を、天皇にお届けさせていただくことができました。いま、世界的に猛威をふるっているコロナウィルスの渦中にあっても、日本の被害が最小限度にとどまっているのは、天皇の祈りの力が、まさに現人神のように強まっているからなのではないでしょうか。
剣山でも、こうした光景がくり広げられたのかもしれない。
理学博士、
ノートルダム清心女子大学名誉教授
保江邦夫さん
Kunio Yasue
Profile
やすえくにお◎理論物理学者。ジュネーブ大学理論物理学科講師の後、ノートルダム清心女子大学教授職に就き、現在は名誉教授。最新の素領域理論を研究する世界的な第一人者でありながら、大東流合気柔術を経て、キリスト伝来の活人術「冠光寺眞法」を継承。陰陽師の家系で、伯家神道「祝之神事」の継承者でもある。映像記憶という特殊な能力の持ち主で、宇宙やスピリチュアルの造詣も深い。近著は、矢作直樹さん、迫恭一郎さんとの共著『からだという神様』(ビオ・マガジン)ほか多数。
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語ることが許されない 封じられた日本史 (アネモネBOOKS 19)
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